コミュニケーションには思いやり精神も必要です。

2018年11月10日

間違ったことを言っていないのに、すっごく違和感を感じることがあります。
言い分はわかるけど、正しいことだけど…あれ???って。

質問をすればその答えは返ってくるものの、杓子定規な受け答えなので、その先にあるシチュエーションまでの話がしづらくなってしまうんですよね。
受け答えだけではコミュニケーションにつながらないんですよね。

コミュニケーションというのは、相手がどんなことを望んでいるのか?というところまで考えないといけないものなんです。
望みといっても、大きな願望を叶えるってわけではなく(神様でもそれはムリですから)、この場の流れをどうしたいかとか、先々にどんなビジョンがあるかということ。それを慮る気持ちがないと、コミュニケーションって成り立ちません。

ミラーリングとか、オウム返しをする人もいますが、それはコミュニケーションではなく、その場をやり過ごすための単なる手段です。

コミュニケーションには相手を思いやる気持ちが必要

思いやりとか、気遣いとかというのは、日本人特有のものだそうです。おもてなし文化とかもそうですよね。
言葉というものは不思議なもので、その使われ方で本来の意味から外れることもあって「これをすればおもてなしになる」みたいなこともがあります。でも、本当は目に見えない気持ちの部分や行動のことであって、物で繕う物ではないんですよね。「おもてなし」という言葉がひとり歩きしてしまって、いつしか「取り繕うことがおもてなし」だと思ってしまうパターンもあります。

コミュニケーションも同じだなって思うことがありました。

受け答えさえできればコミュニケーションできている。
そんな印象を受ける出来事が立て続けにあったんです。

私の思うコミュニケーションというのは、相手の言葉だけではなく、その言葉や仕草、行動から「何をしたいのか?」ってことに思いを巡らせるまでのことです。その上で受け答えをするときもあれば、必要なら必要なものを用意するし、考えを巡らせることもあります。

相手に対する思いやりを持つ。
これがコミュニケーションには必要なことだと思っています。

上下関係とか意識しちゃうと、この思いやりってことがスパーッと抜けてしまうんですよね。
自分都合を優先していると、思いやりって何だっけ?ってなっちゃうんです。

相手の気持ちと自分の気持を同調させる。
これって、高貴な精神でないとできないことらしいです。でも、日本文化にはその精神が織り混ざっていて、無意識のうちに身につくようになっているらしいですよ。(何かの本で読みました)

ちょっと話がそれましたが…SNSやデジタルがもたらしているのは、人とのつながりです。
深く知ることができ、深いところでつながっていく。
だから、今までのような上っ面でやり取りしていたら、本来の人の良さや、人の行動心理もわからないままになってしまいます。デジタル発信を商売に活かしたいのなら、コミュニケーションに必要なことも知っていきたいですね。