話をし合える間柄になれるのは、奇跡の一つかもしれない。

こんにちは、下澤です。
ここのところ、付き合いが遠くなっていた友人たちに立て続けに会う機会がありました。

学生時代、通う学校が違うのに毎日のように会っていた友達。
特別何があるというわけでもないけれど、会わないと気がすまないというか、その子に会っていたい、ただそれだけの気持ちでいっぱいでした。
大人になるといろんな事情が出てくるので、友達と遊ぶ時間がグッと減ります。
そして、学生時代には日常的だった友達と遊ぶ時間がとても特別な時間になっていくんですよね。

非日常的な出来事になるから、特別に時間を作らないといけなくなってしまいますよね。
特別に時間を作ってでも会いたい。

こういう存在になるのって、そうそうあるものじゃないなーって。
そんなことをふと思ったんです。

友達というのは、お互いのことを理解し合える仲だし、お互いのことを思いあえる仲の間柄のことだと思います。お互いのにバランスが取り合える仲って感じかな。

私はこのバランスの取り方がどうもヘタクソで(笑)、過剰にいろいろとしちゃうことがあります。それでいっぱい失敗もしました。でも、失敗と思ってるのは私だけで、相手はそんなに思っていなかったり。「そういうところが美香らしいよね」とも言ってくれたりします。

理屈云々抜きで付き合える間柄になれるのって、じつは奇跡のようなものなのかもしれません。

世の中にはたくさんの人がいて、その人達を全て認識するのはほぼ不可能に近いですよね。
その中からわかり会える人に出会える、これ自体がスゴいことなんじゃないかなって。

限られた狭い中で考えたら、出会いの確率は高くなります。
でも、世の中という、果てしなく広い規模で考えると確率ってすごく低いもので。だから、奇跡に近いのかなーなんて思ったりします。

これは、お客さんとの出会いにも言えることだと思います。
お客さんという存在を「ただお金を払ってくれる人」って捉えていると、なかなか出会えないものです。そもそも、お金を払いという行為自体、ハードルが高いものですもん。
お金を払うのはその必要性に納得しているからであって、必要不可欠なものはなるべく手近でロスなく済ませたい。それ以上のものは気持ちに響いたものに払っているはずです。だから、お客さんを「お金を払ってくれる人」と捉えていると、お客さんは寄ってこなくなります。

友達を作る感覚、これを持ってお客さんと接していくほうが出会いにつながるはずです。

よく「友達相手に商売をしたくない」という人もいますが、友達のためになることなら、相手にとって喜ばしいことななので、むしろ勧めてあげたほうがいいですよね。商売を「お金をもらうもの」と思っているから、友達を巻き込みたくないってなっちゃうだけで、自分の商売は相手に役立つもの、喜びにつながるものとすれば、そんな心配はなくなります。

相手にとって必要なものなのかどうか。
そういう見極めをしていけばいいだけのこと。

これを積み重ねていくことが商売の継続にもつながっていきますよね。

奇跡は偶然に起こるものではなく、自分の行為がもたらすもの。
そう思うと、人生は奇跡の積み重ねなのかもしれませんね。