自分の給料は自分で稼ぐ。稼ぐということを改めて考えてみた。

自分の給料は自分で稼ぐ。

これって、仕事をする以上、当たり前のことだと思ってます。
仕事を始めたときから、そうやって教えられてきたので。

でも、そういう考えでない人もいたりしますよね。

なので、なんで私がそういう方針なのか、を振り返ってみようと思います。

私がいた水商売の業界は能力制の歩合制でした。
どれだけお客さんを持っているか、どれだけお客さんを呼ぶことができるのかということが査定対象だったんです。それには、お客さんから支持されなければいけないんです。

昔は、電話さえすればお客さんが来てくれました。
ですが、だんだんと電話だけでは来てくれなくなりました。

お客さんが来てくれないと、商売になりません。
だから、お客さんが来てくれる方法をひたすら考え、よかれと思うことは手当たり次第やりました。へんな話、なりふりかまってられない時期もありましたよ。

そんなこんなで30年も仕事をしていて、やっと気づいたことがあります。

お客さんが喜ぶことをするから、お客さんに頼られる存在になったり、お客さんに支持される存在になれるんだなと。

お客さんが喜ぶことっていうのは、継続性がある楽しみがあること。

お客さんが喜ぶことっていうのは、継続性がある楽しみがあること。

そういう要素がなければ、いくら喜んでくれてもすぐに飽きられてしまいますし、単なる都合のいい存在にしかなれません。
思いつきや、つじつま合わせをすることばかり考えていたら、自分の給料は稼げないんです。

売上数字というのは結果が出るものですよね。
その結果は、やったからこそでるもので、数字が落ちるということはやってない証拠にもなります。

若い時、お客さんに連絡を取ってもとっても、お客さんが来ない時がありました。
やることはやっているのに、結果につながらない。でも、自分としては精一杯やってる。だから、「お客さんにだって都合があるし、きっとタイミングが悪いだけなんだ」って、ちょっとたかをくくっていたんです。

そうしていたら、当時のボスにこう言われました。
「いくらやっていると言っても、結果につながらないのはやっていないのと同じだ」と。
言われたときは物凄く落ち込みましたし、自分の努力を汲んでくれないボスを恨めしくも思いました。でも、いま思うと、やっていなかったないう意味がわかります。
工夫もせず、考えを巡らせることもせず、ただ闇雲にやっていただけ。結果につながるようにという行動をしなかったからなんです。


そりゃ、人間だから失敗もしますし、考えていることが100%合っているわけでも、すべてが結果につながるわけでもありません。でも、つなげようと考え工夫を凝らすことが大事だって思います。それをしていなかったことを見透かされていたってことです。

稼ぐという意識を持ったほうがいい。

「仕事をする」と捉えると、作業中心とか、こなし仕事とか、動きさえすれば「やった気分」になってしまうかもしれないですね。時間に束縛されていることが仕事だと思ってしまうのかもしれません。

「自分の給料は自分で稼ぐ」といった意識にすると、稼ぐもとのことを考えたり、それに関わる人のことを考えられるようになるかもしないですね。

言葉の捉え方で行動は変わります。
稼ぐということを、お金を奪うという解釈の人もいますから。

私は仕事をするのが好きですし、稼ぐというのはお客さんの気持ちの結果がもたらすものと考えています。なので、これからもしっかりとお客さんに全力に寄り添えるよう、精進しようと思うのです。

雑感

Posted by smika