発信は「釣る」ためにするのではなく「集まるように」するもの。

SNS発信のアドバイス資料を作るために自分の過去の投稿をみています。
スマホもパソコンも使えない私でしたし、未だに機械モノは苦手で…先日もプリンターの調子が悪くなった途端、叩いて直そうとしてました(笑)

そんな私がFacebookに登録したのは2012年のことでした。

プロフィール画像は当時のやっていたお店の看板で(笑)
使い方も何も知らないまま、「登録さえすれば何かが変わる。」そんな変な期待感を持っていました。

そして投稿する内容は、店からのお知らせやゴルフ投稿ばかり。

これね、いま思うと「お客さんを釣るためのもの」だったなと反省しています。

お得キャンペーンで釣る。
ゴルフに行けばそのままお店に来てもらえるから、ゴルフしましょうアピールしたり。

お客さんに楽しんもらおう!なんていう気持ちが全く入ってないですもんね。

そもそも、お客さんに楽しんでもらう、ということ自体を勘違いしてたところもありました。
店にさえ来てもらえれば、楽しいでしょ?って。
いま思うと、とても傲慢な姿勢だったなと反省してます。

お客さんを呼ぶことに必死過ぎて気持ちの余裕がなかったし、呼べることにしか頭を巡らせることしかできなくて。

そんな気持ちで投稿していたから、結局はSNS自体の良さや本来の役目とかに気づかずにいたんですよね。
だから、投稿すること自体にも日々ビビってました。

あえて言いづらいことだったり、タイミングを逃してしまったことなど、リアルの隙間を埋める事ができるのもSNSのいいところ

以前は、デジタルとリアルを住み分けようとしてたところがあったんですよね。
気取った性格出ないくせに、気取ってみたり。
サラッといえばいいことを、なぜか、かしこまってみたり。
普段の自分とニュアンスが違ってるから不自然さも出てました。

そのくせ、言いたいことばかり先行しているから「なんでそれをやっているのか」という、助走的な内容を端折っていて、結局その投稿は何のために、誰に伝えたいのか?っていうことが全く足りていなかったんです。

人との交流の基本的な要素をふっ飛ばしていたんですよね。

交流といっても、デジタル上だけのものでは本当の交流につながりません。
でも、交流のきっかけはリアルではなかなか作りにくいし。

デジタル発信を使って、リアルを充実させていくという交流動線を作っていく。あの頃は、そういうことがわかっていなかったんです。わかろうとする前に、操作方法でいっぱいいっぱいでしたしね。

でも、続けた時間というものは裏切らないものですね。
わからないながらでも、わかるまでやろう!と思い、続けてきたからこそ、自分の考えの甘さや思慮の浅さということもわかるようになりました。

自分の足らないところを見つたり、自覚すると今度は改善しようって思うから、日々改善に取り組めていけるんです。その改善に対する合格点というのは決まっていないものなので、どこまでやればいいのかという目安がないんですよね。

判断してくれるのはお客さんです。

お客さんが楽しんでくれたり、お客さんが良いと思ってくれる。
そして、お客さんも一緒になってその商売に参加してくれる。

こういう見方をするようになったから、お客さん自身をもっと見ようと思うようになったし、釣る方法ではなく、楽しめることに頭を巡らせるようになりました。

SNSは本来のやり方で人付合いしていくところでもあるんですよね。

自分が心底思っていることしか、伝わっていかないところでもあるなって思うんです。

だから、日常にもっともっと真剣に取り組んでいかないといけないってことでもあるんじゃないかと思ってます。