人から受けた恩をつないでいく。優しさのリレーはいつの時代も必要だと思う。

私が漫画にハマったのは、小学校4年生のころ出会った「スケバン刑事」がきっかけでした。
主人公の麻宮サキとその母親との葛藤が自分と重なってしまって。
漫画の世界から、世の中、いろんな境遇の人がいて、それぞれに思うことがあって、思う道を進んでいいんだなっていうことを知ったり、学んだりしています。


先日こんなツイートをしたんですけれど、このことについてもう少し触れてみたいなと思って、今日のブログに書くことにしました。

他人の優しさで助けられた幼少期

幼少期の私は家族との縁がなく、いつも一人でした。
ひどいときにはご飯も食べられない状況で。お腹が空くというのはひもじくもあり、そのひもじさから心が荒んでいくし、無気力にもなってしまうものなんです。
そんなとき、声をかけてくれたのは見ず知らずのおでん屋のオバちゃんでした。

小学校1年の思い出は柏の「おでん屋のオバちゃん」

そしてその後、父が連れ子のある女性と同棲を始めたんです。
その女性は、当時の私の腐った性根にとことん向き合ってくれたんです。

実の子供じゃないのにとても一生懸命してくれました。というのも、その人がとても大好きになったから。優しいだけではなく、とても厳しかった。特にしつけに関しては。

私はその頃、頻繁に嘘をつく子供でした。本当のことを言ったら、またみんないなくなっちゃうと思っていたから。人の顔色を伺い、卑屈でいて、平気で嘘をつく。いま思うととんでもない子供だったんです。

でも、それではダメだと一生懸命諭してくれたし、寂しい思いはもうしなくていいんだと、いろんなことを教えてくれたり。それまで楽しいことなんてなかったのに、だんだんと楽しいことができてきたし、嬉しいって感じていいんだって、思えるようになりました。

そんな生活も大人の事情で2年ほどで終わってしまいましたが、私にとっては貴重な2年となりました。

この時期があったから、塞ぎグセが治ったし、料理や掃除の基本を仕込まれたし。ベースとなることを教えてくれたり、修正してもらえたんです。

思い出だから自分のなかで美化していることもあるかもしれません。
いくら事情があったとしても、他人の子供を一生懸命面倒見るというのは、そうそうできることじゃないよなって思うんです。自分の子供もいるのに。

受けた恩は繋いでいこうと思う

こうやって受けた優しさは、自分だけの宝物にしていてはいけないような気がするんです。
他人から受けたことだからこそ、他人に返していく。他人から受けた優しさだから、余計に身に沁みるのかもしれません。むしろ、他人だからこそシビアにできるから、その優しさがハンパなものじゃないのかもしれませんね。

恩をくれたその人本人に恩返しするのは当然なことなのですが、残念なことにその人にはもう会うことができません。そして、その人だけに恩返しをしても意味が無いのかなとも思うんです。

私がが社会に出て、その社会で関わった人に何かできるように。役に立ったり、寄り添えるような人になって欲しいという願いがあったと思うんです。であれば、そういう人間になっていくのが恩返しなのかなと思っています。
そして、他人だからとか、身内だからとかいう別け隔てをすることなく、自分に縁がある人には精を尽くすこと。これが唯一の恩返しでもあるし、その人に教えてもらった方針なので、その方針を持ち続けることを大事にしていこうと思っています。

こうやって、40年以上も前のことをいつまでも根に持っている私です(笑)
ときどき「こういう考えっておかしいのかな?」と思うとこもありますけど、漫画や小説のシーンで自分と思うところと同じシーンがあったりすると、「こういう考えもあっていいんだな」と再確認できてちょっと安心します。

自分の想いを太くする。
漫画や小説をそんな意味でも使っています。