言葉、仕草、振る舞い、すべて運気に関わっている。読書メモ「日本人が知らない 本当の道教」〜後編〜

今年は桜の開花が早いようです。

春の訪れを告げてくれる桜の花が大好きです。
気持ちも上がりますしね。

「気」を上げる。
こういう意識はとても大事だなって思うんです。

気を上げるための参考になる本の紹介をしています。今回は最終編です。

前回の話はコチラからご覧いただけます↓

「虚」になれば吉凶がわかる

「陰」を「陽」に転ずるには、社会、父母、兄弟、交友などの「他」のために役立ちたいというように、「他」が繁栄することを考えることが何よりも大切となります。こうした陽の意識を持つことで、利己的な意識が消えて「虚」という無為自然な状態になることができます。
自分が無為自然な虚の状態になれば、すべて物事の吉も凶もわかるようになります。
虚とは、周りすべてを平等に判断できるニュートラルな心の状態です。

虚になれば物事や人を見抜く目を私欲などで曇らせることなく、その場の気を読むことができます。他人のしてほしいことがわかったり、相手の欲望や目的、欠けていることなどに一瞬で気がついたり、自分を吉に導いてくれる人か害そうとしている人なのかを見極めることができるようになるのです。

自分中心に物事を考えたり、欲を満たすだけの考え方だと周りへの注意力も落ちます。
観察の目を持てなくなるので、何を言っていいのか、何を提案していいのかということが考えられない状態になってしまうってことです。
利己的な考え方は、伝わらない言動、行動になってしまうんですよね。

心に羅針盤を持つ

多くの人達が“正しい”と思ってやっていること、みんながやっているから大丈夫と考えて行動していること、それが果たしてそうなのかを考えながら自分の行動を決めていくことも、凶を避ける生き方のひとつの方法となります。

周りに合わせることばかり考えていると、自動思考になりやすいですよね。自分で判断するということが運気を上げることにもつながります。

みんながやっているから大丈夫、自分だけやらないと損をすると考えて乗った結果、損をしたり不幸になるというのは、欲望から生じる典型的な凶のパターンです。

情のコントロールができない人は騙されやすい

喜怒哀楽という情のコントロールができない人も、凶の兆しや負のエネルギーを感じ取ることができません。情の弱い人は、人からコントロールされやすく、正常な判断ができなくなりやすいからです。

情がコントロールできず安定していない人は、恐怖や不安を煽られたり、欲望を刺激されることに弱く、少し考えれば、「どうもおかしい」「なんだか怪しい」と感じる話をたやすく受け入れてしまいます。

若い頃の私は、これがそのまま当てはまるタイプでした。
感情が直情型タイプだったので、そのときに受けた感情のまま行動していたんです。だから、判断能力が低く、騙されることも多かったから失敗ばかりでした。

騙されないようにするためには、自分の心や意識がどのような状態にあるのか、「陰」か「陽」かを認識し、「陰」に傾いているとわかったら陽の意識を持つように心がけていくことが大切です。

言葉、仕草、振る舞い、すべて運気に関わっている

相手を大切にする心や人を愛する心は、言葉ではなくとも、ものの置き方や包み方、自分の動作・振る舞い・仕草にも表れるものです。その人の意識の状態が表れるのです。

それを見て相手や周りの人が気持ちよさ、心地よさを感じれば不快な精神波動を発することはありません。しかし反対にものの扱い方に乱暴さを感じたり、言葉や態度に不愉快さを覚えたりすれば相手からは快く思われないでしょう。たとえ直接本人と対していなくとも、込められたマイナスの心や意識はエネルギーとしてその人に向けられ、マイナスの影響を与えるのです。

見えてないからわからないだろう、は、案外わかってしまうもの。
例え、そのさまが見えていなくても、その場の空気に表れますし、感覚で捉えられてしまうんですよね。
これはリアル店舗のサービスも、SNSの投稿でも同じことがいえます。

ですから常に言葉、仕草、振る舞いによいエネルギーを込める人は、人に好かれやすく、多くの人達に助けられやすくなるので成功します。反対にマイナスエネルギーばかり発する人は、人からに不快に思われ、疎まれ嫌われて、どんどん運が悪くなっていくのです。

運のいい人、悪い人

実はこうした「自分は運が悪い」と嘆きたくなるような人というのは、自分で自分の生体エネルギーを運の悪いほうへ引き込んでいる場合が多いのです。

そもそも運の悪い人達は、話す言葉がネガティブで、口を開けば愚痴や不幸話になり、ため息ばかりという場合が少なくありません。
愚痴や不幸話で出てくる言葉は最大のマイナスエネルギーです。そうした言葉を発することによって、自分自身をどんどんマイナスエネルギーで満たしてしまっているのです。だから周りの人間関係もますます悪いほうに変わっていってしまいます。

わかるー。
コレ、ものすごく実感する。

ツラい経験したこととか、シンドい時期ほど愚痴や不幸話が出ちゃうものだけど、結局それはさらなる不幸を呼び寄せてしまうんですよね。だから堂々巡りになってしまって、にっちもさっちも行かなくなってしまう。
誰かに救ってほしいと思うからこうなってしまうんだけど、結局自分を救えるのは自分の心持ちなんですよね。

人が助けを出してくれるのは、マイナスエネルギーの人ではなく、プラスのエネルギーを持っている人にっていうことなんです。

邪気は負の連鎖を引き起こす

他人からの邪気をいかに避けるかは大変重要な問題です。
(中略)
邪気を持つ人には、放出型、吸収型といった意味合いでの陰陽の別があります。特に陽のタイプは、能動的に邪念を帯びた眼力や言葉を発します。そうした人の目を直視すると邪気にあたってしまうので気をつけたほうがいいでしょう。邪気の強い人を前にした時は、半眼で周辺視野全体を見るようにし、上手く視線を合わせないようにすることが肝要です。

そうそう邪気がある人に会うことはありませんが、「なんか嫌な感じがする」という場合は気をつけたほうがいいですね。

人から運気を奪われないために

陰の気を避け、自分の気を奪われないよう防衛するために一番簡単で、今すぐに実践できる方法に、極力、不幸話や愚痴を聞かないようにするという方法があります。
「阿吽の原理」というものがあり、相手の発したマイナスの言葉に「うん」「そうだねえ」といった肯定する返事をしてしまうと、そこで気脈がつながってしまいます。

どうしても話を聞かざるを得ない状況なら。むやみに相手の話を肯定せず、毅然として自分の意思や意見を持って聞き、「そうかなあ」など、相手の意をそらす受け答えで気脈をつながないように務めると邪気を受けにくくなります。

また最たる防衛法は陰のエネルギー、負のエネルギーを発している人が集まっているところには行かないことです。マイナスのエネルギーを持っている場所には近寄らないのです。

以前、好奇心である集会に行ったことがあるんです。
そこはマイナスのエネルギーに溢れてて、とても気分が悪くなってしまったんです。土地や建物のマイナスのエネルギーは気持ち悪くなるだけですけど、人のマイナスのエネルギーが充満しているところは、「怒り」が起こってくるんですよね。
もうね、そういうところには近寄らないことにしています。

自然のパワーでプラスエネルギーを養う

自然の中に存在する光、音、空気、熱、香りは人を養うために必要なエネルギーです。これらは、いい磁場をつくってくれくれます。人工的な環境の中では得られない自然の素晴らしいエネルギーの中に身を置くことによって、人間本来の癒す力を高めたり、生体能力を回復させたりすることができるのです。

自然豊かなところに行くのもいいですけど、自然のものに意識を向けるだけでも気持ちの持ち方が変わります。陽射しを感じたり、風を感じたり、植物に目を向けたり。意識の向ける方向でエネルギー補給はできます。

ちなみにローソクの灯りもエネルギー補給にいいそうです。

物事に対する執着から心が離れた時、よく「心が軽くなった」という言い方をします。これは実際に、ある執着から開放されたことで、精神エネルギーが少し重力開放されたためです。執着の心は重力に引っ張られるのです。

執着心は人それぞれ違いがありますけど、物事にこだわりすぎると執着心が生まれます。
目標、目的は大事ですけど、そのためだけになってしまうのも自分を縛って動けなくなってしまうんですよね。

気持ちの軸を持つのと、執着心とは違います。
この違いを意識するといいかなと思うんです。

私は心の在り方をプラスにしたいなと常々思うのですが、なかなか思うようにいかないことが多いです。でも、意識を持つのと持たないとでは断然違ってくるということを知りましたし、知ってからは物事に対する見方も変わってきています。

トゲトゲしい気持ちで周りを見ていた頃は良いことも少なかったですし、投げやりな気持ちになることも多かったし、頑張るといいながら自分を追い詰めていました。

でも、穏やかさを意識するようになってからは、楽しいなと思うことが多くなったし、物事への注意力も高まるから判断もしやすくなりました。なにより、自分を大切にしながら、自分がやるべきことをやろうという気になったので、頑張る方向も変わってきました。

ツラくなるのは環境のせいではなく、自分の気持ちがツラい環境を作ってしまうんですよね。ツラい環境は仕事のパフォーマンス性も低下させてしまいます。つまり、商売がうまくいかなくなるてことです。

商売をいい方向に持っていくのは自分の心持ちから。
この本を読みながらやっぱりそういうことなんだなと、改めて思うのでした。