商売人は「陽の人」になるように気を上げること。読書メモ「日本人が知らない 本当の道教」〜中編〜

今日も「日本人が知らない 本当の道教」からの読書メモの続きを書いていきますね。
前編はコチラからご覧いただけます↓

「命運」が吉凶禍福(きっきょうかふく)のすべて

「命運」とは、簡単に言うと人の運命バランスです。
「命」とは自分、「運」とは自分以外の要素のことで、父母、兄弟、配偶者、子女(子供)家、財、健康、社会、仕事、交友、精神の十一の要素を言います。

命運を理解すると、凶の避け方がわかると言います。

生命磁場と運の巡りとの関係

人は生まれながらにして生命磁場という日月星(じつげつせい)から受けた磁場を備えています。天地に存在するすべてのものは磁場の作用を受けているのです。
この生まれつきの生命磁場によってその人の「命」が決まります。

もともと持っているエネルギーの源は人それぞれ違います。

たとえば、生まれつきの生命磁場が強い人は、ポジティブでエネルギッシュな性格の人が多く、決断力があり、裸一貫で財を成すような強いエネルギーの持ち主であることが少なくありません。しかし、自分の力が強いことによって、人と協力して事業を始めたり、お金儲けをしようと投資をするとうまくいかないことがあります。財でひどい目に遭ったり、失敗したりしやすいのです。
(中略)
こういった人の場合、自分のエネルギーを過剰に溜め込まれたままではなく、適度に消費される状態、そうしたよいサイクルが生み出されていく状況を得ることが大切です。
(中略)
反対に、エネルギーが過剰に溜め込まれたままでいることは、短期や直情を呼んでしまったり、欲望などに流されて失敗を招いたり、悪意ある人につけ込まれる事態を自ら招きやすくするようなものです。

強くても、その強さゆえにコントロールしきれないこともあるみたいです。
相性のよい磁場や相手を見つけるといいようです。

つまり自分の持つ歯車だけが空回りするのではなく、別の歯車としっかり組み合うことで生じた結果が有益な物事へとつながっていくのです。
自分以外の別の歯車とは、具体的には。先ほど述べた人や仕事、財といった十一の環境的要素、「運」なのです。そういった対象と出会えた時に、運気は大変よい流れや波にのることが可能となるのです。

「運」とは、自分を取り巻く環境のこと。
この運と自分との掛け合わせ、融合することが「運気」を上げることにつながるということなんですね。よく、「運を掴む」とか言いますけど、掴んだだけでは「気」は上がらずなので、そこに「合わせる」という概念も必要ですね。

「命」の陰陽を知る

シンプルに自分の命運を知るには、まず自分の「命」の状態が、陰なのか陽であるのかを分析します。(中略)
つまり、幸・不幸を起こしている根本の部分は、自分の心の持ち方が陽であるか、陰であるかが最も影響してくるのです。

陰の人の特徴

陰の人の特徴は、人や物事に対する意識の持ち方や状態に負の特性が顕著に表れます。
たとえば仕事をする際「自分が出世したい」「お金を儲けたい」などの利己的な動機に付随した意識の持ち方や行動をとるのです。
人によって程度の差はありますので極端な喩えになりますが、「自分の利益しか眼中になく、誠意や真心が伴わない仕事をする」「お金さえ手に入れば他人がどうなろうと知ったことではない」など、「命」が陰の人は利己的欲望が働きがちです。

陽の人の特徴

陽の人の特徴は、同じように仕事をする際でも、利己的欲望より「素晴らしい仕事をして社会の役に立ちたい」「人に喜んでもらいたい」など、「他」の繁栄、周囲の人や物事がよくなることを考えて取り組みます。
学業においてなら。素晴らしい成果を出し世の中の役に立ちたい、いい研究をして多くの人に喜んでもらいたい、そうした光の心を持つことが「陽」です。

陽の人は、親に対しても、自分を生み育ててくれたことに感謝し親孝行をする、会社を経営するにしても、自分さえ儲かればいいというのではなく、自分も関係者もお客様も喜び利益となる、近江商人のような社会によし、顧客によし、自分によしの「三方よし「を目指すのです。
自分も他の人もともに繁栄していけるような心を持ち、生き方をする。こうしたいい光を宿し、人にも常に心配りができて、人をもてなすことを忘れない人が陽の人で、陽の人は次々と陽の連鎖反応を起こしていくことができます。

商売人は「陽の人」になることがとても大事。
「命」の陰陽は心の持ち方で変わるもので、常に心がけることで変わることができます。

反対に自分さえよければいいと考え、自分の繁栄だけを願うのは「陰」で、そうした、負の心を持つ人が陰の人です。
「命」が「陰」とは、宇宙意識に逆らっている状態です。自分だけ得をしたい、楽をしたい、という利己的意識が強く、欲などの負の意識が強く働いている、自分を「虚」にできない状態です。
「命」が負の意識を持つことによって。他との関係にも負の連鎖が起こり。凶や禍を呼ぶ流れを起こします。

欲を抑えるには自分を「虚」の状態にすること。
ここがね、なかなかうまくコントロールできなかったりします。生きている以上、欲はつきものですが、欲の矛先を変えるだけでも違ってくると思います。快楽のため、怠けるための欲ではなく、為になるための欲に気持ちを変える。
そうすることで運気を味方につけられると思います。

人の心や意識は末端に表れる

人の心や意識は末端に表れます。
「他」のために思いやり、気遣いする所作には、そこに込められた心が感じ取れるものです。手の動き、中でも特に指先でのものの扱いや、気虚振る舞いを観察してみると、真心の有無や心の状態を窺い知ることができます。

これはまさしくその通りで、いくら口で優しいことを言っていても、所作が乱暴な人は心がこもっていないので、すごくチグハグ感を感じます。
昔、男の人のタバコの消し方で、その人の女の扱いがわかるっていうのもありましたよ。
酒を飲む時のグラスの置き方でもそういうのが出ちゃうんですよね〜。

今のSNS時代では、所作が言い回しや、言葉の使い方でわかります。
気持ちが入っているかいないかというのは、会っている会っていないに関わらず、今の時代は見える化しているんです。

デジタル時代は見えないからと思う人も多いですが、実は逆です。気持ちの入れ方、気遣い、思いやりはますます見えてくるようになっているんですよ。

宇宙、天の営みには偏りがなく、日月星辰は規則正しく運行し、春夏秋冬が移り変わり、生命を活かす根源の水が木を育て、木が燃えて火となり、燃えた灰が土となり、土中から金である鉱物が産出し、金は水を生みます。そこには互いが互いを生かす連鎖があります。万物を分け隔てなく育み生かす意思があり、それが「道(タオ)」の心なのです。
大切な真理を見失わず「命」を陽として生きること。
「命」が「陽」の人であるということは、宇宙の法則と調和することにつながり、「道(タオ)とひとつになるということ」なのです。
地位や名誉、金銭は自分のためだけのものではなく、「他」を生かし、「自分」もともに生かし合うものである。これを忘れず陽の意識を連鎖させて吉の流れを作り、自他ともに繁栄する。この意識を持つことが「宇宙の徳」と調和することなのです。

人は一人で生きているわけではなく、周りの環境と調和することで生きる道ができていきます。
その道はみな同じものではなく、それぞれの道を作ることがその人に課せられたものであるのではないでしょうか。その無数の道ができることで、いろんな調和が生まれていく。
人との調和を目指すことがいい運気に恵まれ、いい環境作りにつながる。
生きるとは、そういうことを自分でやっていくことなんだろうなと思います。