失敗しても腐らない心を持つ。

「失敗は成功のもと」という言葉がありますよね。
これは、失敗してもその原因を追究したり、欠点を反省して改善していくことで、かえって成功に近づくことができるということからきているそうです。

実験とか、工作過程とか、目に見えるような出来事は、この失敗に対する検証はしやすいですよね。でも、気持ちの持ち方の失敗は検証しづらいし、その失敗を受け入れるのがなかなか難しいところですね。

最近、ハマった漫画のシーンでハッとする事がありました。

認めんといかん
負けを
失敗を

畜生・・・・・
めげん くじけん
ふてくされん
愚痴らん
逃げん
ひねくらん

いま一番辛いこのとき
真っ直ぐ
立ち続けることが
ワシを強くする
センゴク第8巻より

失敗したとき、つい、自分や他人を責めてしまう。でもそれは解決にならない。

失敗したなって気づいたとき、つい自分の不甲斐なさを責めてしまったり、他人のせいにしてしまいがちです。でも、それは問題のすり替えになってしまい、結局は解決につながらないんですよね。

めげる、くじける、ふてくさる、愚痴る、ひねくれる。
私がよくやりがちなパターンで、このパターンに陥ると「心が腐る」んですよね。

このパターンに陥る原因は、状況把握がしきれていないからなんですよね。注意不足というか、思い込みが強いというか。

ということは、状況把握できるようにすればいいってことになるんです。
その失敗した出来事にとらわれていたら、いつまでたっても周りを見直す事ができないし、見直す事ができなければ進歩もできないままで、不甲斐なさを引きずったままってことです。

私は気持ちの失敗を振り返るときには「なんでだったんだろう」と状況を思い出し、「なんでそう思ったんだろう」と自分の判断を思い出すようにしています。
そうすると、「それなら仕方がないことだったな」っていう結論が出るんです。誰のせいでもない、その時の自分が足りなかったから、そういう結果になったんだなって。
足りないことを補うための行動をすればいいんだなって。

失敗を恐れていたら何もできないし、何も起こらない。

失敗のないように無難に生きていくのって、ラクに生きていけるのかもしれない。
でも、私は無難でいるのは存在感が薄くなるし、薄いままだとつまらないなって思うんです。せっかくこの世を生きているんだから、生きていることを実感したい。
その実感の仕方が未だによくわかっていないせいなのか(笑)、無難より何かしら起こることを求めてしまうし、何か起こせないかと考えちゃうんです。

行動を起こすって、じつはシンドイことでもあります。
面倒くさいこともあるし、できたら乗っかっている方が楽しみやすいのかもしれない。

単に楽しむというより、充実感がある楽しみ方をしたいんですよねー。
となると、自分でやるしかないってことです。

行動を起こせば失敗はつきもの。
失敗をするからこそ、学習しようと思えるってもんです。

失敗をするたびに腐っていると、立ち直りが悪くなります。それを重ねていくと、立ち直ることすら出来なくなってしまう。

立ち直るにはまず腐らない心を持つことが大事かなと。

ちなみにこの漫画は、戦国時代を生きた、史上最も失敗し挽回した男・仙石権兵衛秀久の物語です。
仙石権兵衛秀久は、美濃国主斎藤家から織田家へ仕えるようになり、豊臣秀吉の家臣となり、その後は徳川家康に仕え、信濃小諸藩の初代藩主となります。
大きな失敗を繰り返しつつ、最終的には大出世した人として語りつがれています。

今と違って、戦国時代の失敗は命取りになりかねないことですが、そこを生き抜いた仙石権兵衛秀久の生涯はとても興味津々です。